傍に居ると言う事

 

 

 ───おはようございます………

 

 パチリ。普段は極限まで重たい筈の銀時の目蓋は、実に気持ち良く開いた。だが、開いた目蓋とは逆に身体はまったく思うようには動いてくれない。

 銀時は暫らくの間、年季の入った薄っぺらい煎餅布団の上で身動きもせず、じっとしていた。

 それはまるで、何かに耳を澄ましているかの様。否、実際に、先程目覚めの直前に微かに聞こえたように思えた声が、再び聞こえやしないだろうかと、儚い希望を抱き、銀時はそっと息を潜め、待っていたのだ。

 だが、待てど暮らせど聞こえてくるのは外からの朝の慌ただしい喧騒ばかり。

 銀時が暮らす万事屋内からは、こそりとも音は聞こえてこない。

 何時もならばこの時刻は、規格外の大きさの白い犬やら、規格外の力を持つ鴾色の髪をした少女やらが、朝飯を求め暴れだしている音や、それを諫める少年の声が溢れているはずだった。

 そうして、少女とその愛犬を朝の身仕度へと促し、手の空いた少年が、銀時の寝室の襖を遠慮無く開けるのだ。

 

 『おはようございます』と言うやたらめったら元気な挨拶の声と共に。

 

 その挨拶は、独りが長かった銀時には全くの無縁のもののはずだった。

 だが、何時の間にか強引に、時には銀時に気付かせる間も無く、実に簡単にスルリと銀時の内側に居所を作り上げてしまった少年のその声がしないだけで、万事屋内がこうも恐ろしく静かだとは…

 その異様なまでの静けさは、少年がこの万事屋に朝の挨拶と共に訪れなくなった初日に起こった出来事にも、幾つか起因している所はある。

 

 約一週間前のある日、銀時は何時もの様に薄らと白み始めた空のもと、千鳥足で万事屋に帰宅し、酒臭い身体を洗う事もせずに、敷きっぱなしになっていた薄っぺらい布団の上にうつ伏せに倒れ込んだ。そうしてそのまま、朝食の時刻になっても起きる事は無く、既に昼と言ってもいい程太陽が空高く上りきった頃、それは起こった。

 

「ぎーんーちゃーーーん!!! 腹減ったアル! うら若き幼気な少女を飢え死にさせる気アルか?! さっさと白飯用意しろーい!」

「…………神楽ぁ………頼むから、耳元で喚くな………銀さんの繊細な鼓膜が、悲鳴を上げてるのが聞こえないのか………? 飯なら、新八に用意してもらえ…………」

「銀ちゃん、おっさん臭いある。加齢臭がするアル! 新八なら今日から出張ね。いないアル。とうとう若年性痴呆が始まったあるか? ん? 銀ちゃんはもう若くは無いアルから、若年性は要らないアルネ。それではただの痴呆アルか? 大人用おむつの買い置きは無いアルヨ!!」

「神楽ちゃん…何時もより随分辛口なのね…ガラスの十代の心を持つ銀さんの繊細なハートは、十円玉の引っ掻き傷でいっぱいだよ。と言う訳で、朝飯は自分で確保しなさい。銀さんはこの傷を癒すべく、夢の世界へ旅立つよ………」

「こぉるぁあああ! マダオオォォオオ!! 寝るな!! 扶養人が腹を減らして待ってるアルよぉおお!!!! 十分な栄養と快適な居住空間を与える事は保護者の最低限の義務アル!!! いけ、定春!!」

「ふぐ! ごりって、今、ごりっていったぁ! 今、聞いちゃいけない様な深い所で、ごりって!! 神楽! 神楽さま!! 工場長!!! 頼むから、起き抜けに定は! 定春はやめてぇ!!!」

 

 この掛け合い漫才は、その後延々と一時間も続いたのである。

 流石に両者共、腹に何も入れていない状態で、この高テンションを維持し続けることは難しかった。

 そうして、ボロボロになりながら悟ったのだ。何時も程よい所で歯止め役になってくれ、時には一緒になって騒ぐあの少年が居なければ、自分たちのこの掛け合いも、全く無意味で無駄なものになるのだと。

 まるで話が纏まらないのだ。

 銀時とのじゃれあいよりも、少女は己の危機的状況を告げる腹の虫の声を優先させた。その初日以来、少女は銀時を起こして朝飯をせびるだなんて無駄な労力は一切合切すっぱりと切り捨て、愛犬を伴い、この万事屋銀ちゃんの事務所のオーナーであるスナックお登勢に、朝一番で強襲を掛けるようになった。

 勿論、白飯を飲む様に腹一杯にかき込む為だ。

 この世知辛い世の中、生き抜いていくには、時には恩を仇で返すぐらいでなければやって行けない事もある。少女とて、恩人に恩義は充分に感じているが、その恩を思えばこそ、己が健康である事が第一だろう。その思いに殉じるため、あえて心を鬼にしているのだ! ああ、何と言う悲劇であろうか………!

 と、まあ、格好付けて言っては見たものの、ただ単純に、低血圧で寝穢い銀時に、朝の聡明さを求めるのははっきり言ってからっきし間違っているので、もっとも早く己の欲求を満たせる方法がそれしかなかっただけなのだが。

 

 と、そんな実に単純で情けない理由で、銀時が今、目を覚ましたこの時刻には、万事屋内には銀時一人しか存在していないのだから、静かなのも当たり前の事ではある。

 事ではあるのだが…………

 どうにも落ち着かない。

 二度寝しようにも、朝にめっきり弱い筈の銀時の意識は、確実に覚醒へと導かれていた。

 あの少年の、あの声が聞こえないだけで、何時の間にか随分と長い事寝起きしてきた筈のこの家屋内が、まるで見知らぬ家の様に思えてしまうから、不思議なものだ。

 おはようだなんて、怪我で失われた熱量を少しでも保とうと、まるで泥団のように汚く草臥れた身体を互いにくっつけ合い、一塊になって眠りについていた攘夷志士だった頃でも、間近に目覚めた仲間に対してすらそう云ったことは無い。

 朝、目が覚めた相手の顔を見つければ、今日も互いに命拾いしたか… そうボソリと零すその言葉が、挨拶の様になっていた。

 野宿をするには厳しい寒さや怪我の中、しかし今や幕府に仇なす狼藉者の集団と成り果ててしまった攘夷志士達には、暖かく迎え入れてくれる屋根はあろうはずも無く、結局互いの僅かな温もりを求めて塊って眠りにつき、その隣の誰かはそのまま目覚めの無い冷たい永遠の眠りについてしまう事も少なくは無かった。そんな中、『おはよう』だなんて日常の人間らしかった頃の記憶を偲ばせる朝の挨拶は、獣のように野垂れ死にゆく運命にある者達にとっては皮肉にしかなりようもなく…………虚しく響くだけだった。

 銀時の内では未だにその時の冷たさや虚ろさは驚くほどに鮮明で、雨風を防いでくれる屋根を手に入れた今でさえ、朝の挨拶なんて、到底交わす気になどなりようも無く……むしろ、その必要性すらずっと感じる事もなく、ここまで来ていたのだ。

 そう言えば押し入れにだが、一応一つ屋根の下に同居している少女も、同居開始後暫くの間、不思議と朝の挨拶はしなかった。

 少年に起こされるようになって暫くしてから漸く、おはようと言うようになったのだ。

 少女は、その幼さに似合わず、銀時と同じ香りを色濃く漂わせる時がある。恐らくは銀時と似た様な理由で、朝の挨拶を交わす習慣が無いのだとは、銀時に容易に知らせていた。

 そんな二人だった筈なのに、今や朝起き出してから一番に上げる声は、何時の間にか、『おはよう』になっていたのだ。それもこれも、今は万事屋に居ない、あの少年の影響であると、認めない訳にはいかなかった。銀時と少女だけでは、例えいくら生活を共にしたとしても、おそらくは何時までも朝の挨拶は習慣付かなかっただろう。

 その証拠のように、一時期とは言え、少年が訪れなくなった万事屋では、自然と朝の挨拶が交わされなくなっていた。

 

「新八………早く帰って来いよ…………俺も神楽も、朝の挨拶の言葉を忘れそうだ………………」

 木目の強く浮き出た寝室の天井を睨みつけながら、銀時は目覚めた時の格好のまま、ボソリと呟いた。

 少年の、おはようございます。と言う朗らかで何のてらいも無い元気な声が、耳の奥にこびり付いて離れない。

 もう長い間、そんな挨拶は必要無いと思っていた筈の銀時の身体は、今や少年のあの声が聞けないだけで朝がはじまった気がせずに何時までも起き上がれないほどに、慣らされてしまっていた。少年はこんなにも、己が身の内に、分離出来ないほどに染み込んでしまっている。

 何時もその元気な声に、ボソボソと、眠そうな声で、はよ…としか返せない己だが、それでも、そのやり取りを、何より慈しんでいたのだと、たった一週間…その声を聞けないだけで、痛い程銀時に思い知らしていた。

 人との関わり方が何よりも下手くそで、距離の取り方の判らない己を、少年は何時でも、多少は呆れながらも、それでも見放さずに根気よく、傍らにずっと寄り添っていてくれたのだろう。

 その証拠に、少年のおはように対し、銀時は当初少女と同じく暫くの間は返事を返しては居なかった。それなのに、少年は何時までも朝の挨拶を止めはしなかった。

 銀時はその挨拶に対しどうすればいいのか、正直解らなかった。

 挨拶を当たり前のように返していた記憶は遥かに遠く、思い出すのも途方も無い。まだ、攘夷志士だった頃の冷たさや虚しさの方が縁近かったし、銀時は長年その挨拶をそれほど重要でも必要でもないと思い込んでいたので、短く、おぅ…とも、うぅ…とも、返事なのか呻きなのかすらも判別付かないような曖昧な声しか発してこなかった。少年はそんな銀時の様子に、小さく、それでも明らかにこちらにそれと判るように苦笑を零し、仕様が無い人だなとでも言うかのように肩を竦め、それでもそれ以上は何も言わずに、銀時を朝の身支度へと促すだけだった。あからさまにそんな苦笑を向けられて、いい感じを覚える人間など居やしないだろうが、不思議と、その少年の苦笑は、銀時の胸の内に、ひっそりと暖かな何かを注ぎ込んでいた。

 毎朝そんな風に、僅かに呆れを滲ませながらも、少年はけして、銀時への挨拶を怠る事はしなかった。

 そんな少年の様子に根負けした覚えは無いのだが、銀時は何時の間にか少年のその苦笑に向かって不器用ながらにも、自然に『はよ…』と短く返事を返すようになっていた。

 あれだけその言葉に冷たさや虚しさを覚えていた筈の銀時は、少年に対しその言葉を返す時だけは、そんな感触を微塵も思い出しはしなかった。それは、絶対に少年は、銀時のその不器用な挨拶に対し、満足げに、暖かな、それでいてくすぐったそうな、そんな笑みを返してくれるのだと、無意識の内に解っていたからだ。

 相手に言葉を発し、それに対して何も返って来ない冷たさと虚しさを嫌というほど味わって来たために、何時の間にか言葉を発する事すら無意味だと止めてしまっていた銀時に対し、発したものに対して必ず何かが返って来る安心感を教え込んだのは、少年のその笑みだった。

 そんな事に今さら気がつくなんて、己の鈍さには苦笑しか湧いてこない。

 口元を、歪な引き攣り笑いの形に変え、溜息をひとつ零す。

 諦めずに、果敢に挨拶を繰り返した少年。それとは気がつかずに慣らされていた自分。

 きっと恐らく挨拶など、少年の中では基本中の基本だっただろう。その基本すら満足にこなせない銀時と神楽に、少年はなにを思ったのか…

 無性に、少年のあの真直ぐで暖かな光を宿した漆黒の瞳が見たくて仕方が無い。

仕様の無い人、と呆れながら、それでもけして銀時を見放さなかったあの微笑みが欲しくて欲しくて堪らない。

「新八……」

 未だ、微かに反響して聞こえるような気がする、幻聴の『おはようございます』の少年の声に耳を澄まし、目蓋の裏に浮かんだ少年の笑顔に向かって銀時は小さく小さく呟いた。

 

「おはよう」

 

   ※※※

 

『神楽ちゃんへ

 

 ただいまって言うのも可笑しいかな? ちょっと時間に空きができたので、万事屋に寄ってみました。あ、ただ寄ってみただけっていうんじゃなくて、新選組の人達からあまったサツマイモを貰ったので、スイートポテトを作りました。

 今日の三時のおやつにして下さい。

 このおやつは、銀さんにも食べさせていいよ。お芋の甘さだけで、ほとんどお砂糖は使ってないから。

 銀さんは、きちんと神楽ちゃんのご飯を作ってくれてますか? 作ってないんだろうね………

 多分、まともな事は何もしないでぐうたらしているんだろうなと思ったので、お登勢さんには事前に、神楽ちゃんのご飯の事はお願いしてました。でも、銀さんがきちんとやる気を出していてくれたのなら、必要の無いお願いだったから、二人には言わずにおいたけれど、神楽ちゃんにだけは先に伝えておくべきでしたね。

 さっき下で少し、お登勢さんと話しました。

 白飯だけ食べてないで、ちゃんとおかずも食べなきゃ駄目だよ。

 神楽ちゃんはけっこうしっかりしているから、自分の面倒は自分で見られると思うので、あんまり心配はしていませんでしたが、銀さんは夜、神楽ちゃんを一人にしたりしてないかな? それだけが心配です。

 もし、僕が居ない間の銀さんがあんまりにも酷い様子だったら、帰って来たら僕に教えてね。お仕置きの準備は万端にしなくちゃね! 二人で銀さんの事、うんと懲らしめてやりましょう。(はは、何だか銀さんが駄目な前提で僕書いてるね。でもこの予想はあながち外れてない気がします)

 

 住み込みの賄いは、どうやら今日の夜までで終われそうです。今日さえのりこえてしまえば、元の賄いさん達が一気に復帰してこれるみたい。

 今日の晩は取り敢えず遅くなると思うので、真選組からそのまま実家に帰ると思います。

 明日からは、朝からまた、万事屋に通えそうです。

 

                        新八

 

 

 

追伸…

 あ、そうそう、銀さんが帰って来たら、布団の出しっ放しは止めろと伝えて下さい。あんた寝室の畳をカビさせる気か! と。言う事を聞かないようなら、定春をけしかけちゃってもいいと思います。

 それじゃあ後少しだけど、万事屋と銀さんの事、宜しくね。』

 

 

 

 神楽は、目の前のメモを摘んで、鼻を寄せた。微かに、この手紙をしたためた少年の残り香がする。

 夜兎族は、力のみならず、地球人の数百倍もの優れた嗅覚を有していた。しかし特に役に立つ訳でもなく、この事実は余り世間には知られていない。

「銀ちゃんも、馬鹿アル。さっきまでそこの布団の上でぐうたらしてたと思ったら、新八が帰って来てたのに、肝心な時に居ないんだから。………定春、それは駄ヨ。銀ちゃんの分アル。定春の分はさっき食べてしまったアルな。さすがにそれ食べちゃ、銀ちゃん泣くどころか、きっと魂抜けちゃうアルヨ」

 フンフンとちゃぶ台の上にチョコンと置かれた銀色の包み紙の匂いをしきりに嗅いでいた白い大きな犬は、神楽の制止に、名残惜しそうにちゃぶ台の上から顔を離した。

「定春も、新八のご飯が恋しいアルネ。私もそろそろ限界ヨ。こんな風に小出しにされちゃ、堪ったもんじゃないアル。もっと欲しくなるだけアルヨ…そこんとこ、駄眼鏡は理解してないアルな。だから眼鏡は嫌いヨ」

 そう言って悪態をつくものの、神楽の指は、白いメモ紙を弄るのを止められない。

 けして口に出しては言わないが、ご飯よりも、何よりも、絶対的に足りないのだ。

 あの少年の存在が。

 ぎゅうっと抱きついて、お日様の匂いと古い家屋の匂いと石鹸の匂いが入り交じった、あの少年独特の爽やかな香りを胸一杯に吸い込みたい。そうして、あの少年が確かに、神楽の傍に居るのだと、実感したくてたまらない。

 完璧に、スキンシップ不足だった。

 明日の朝だなんて、全然待ってなんかいられない。

 今晩、屯所に強襲を掛けて、あの少年を攫ってしまおうか…

 突如閃いた発想に、神楽の表情は明るくなる。

 先程は、銀の髪を持つ男の事を扱き下ろしていたが、実際には、外に遊びに出ていた神楽が、つい何時もの習慣で三時のおやつの時間に万事屋に戻って来て、この匂いとメモを発見した時に、思わず歯軋りしてしまったのだ。

 どうしてもっと早く帰って来なかったのかと。

 待つのは、自分の主義では無い。

 そして、この万事屋の同居人もまた、そうであろう。

 そうと決まれば、夜が楽しみで仕方が無い。

 早く日が暮れてしまわないだろうか? 遊びに出ている時とは全く逆の思考を巡らせながら、神楽はウキウキと愛犬の柔らかな毛皮に抱きついた。

 

「もうすぐ、ただいまアルヨ!新八!!」

 

   ※※※

 

「銀ちゃ〜ん。新選組に殴り込みに行かないアルか?」

「今回はな。あいつらから金を貰わにゃいかん訳よ。でなけりゃ俺達の一週間余りに及ぶ苦労は、パアよ。パア。そんなの頑張った新八にも悪いだろ?」

「…………判ったアル。生きて行くには金も必要アル。けど、私達が生きて行くのにも、新八は必要アルヨ」

「…………ずばっと、痛い所を切り込んでくれるな、工場長は…。だが、今回は我慢だ。明日の朝になりゃ、新八は帰って来るんだろう?あと数十時間の我慢だ」

「うら若き乙女の肌に、我慢は禁物アル〜〜〜!!う〜う〜う〜!!!新八〜〜〜〜!!!新八欠乏症アル〜〜〜〜〜!!!!!」

「神楽、お前まだマシだろう………結局、そのメモだって銀さんには一回しか読ませてくれなかったし、布団を仕舞うのがちょっと遅れたからって、定はけしかけるし」

「これだけじゃ足りないアル〜!傍に居なきゃ、新八の匂いだって忘れてしまうアル!」

「お前なあ………俺だって、今直ぐにでも新八に逢いたいんだぞ………」

 

 それは、新八が、万事屋の扉に手を掛けた瞬間に聞こえて来た会話だった。

 昼間に一度万事屋に寄ってしまった事で、室内は思ったほど荒れては居なかったが、空気のどう仕様も無い澱みに気が付いてしまった新八は、どうしてもそれが気になって、真選組を引けた後、実家に帰るよりも先に万事屋に来てしまったのだ。

 顔が、どうしても緩んでしまうのを、止める事が出来ないでいた。

 表面上はそれなりに人なつこくは見えるが、実際はそうでもない二人を、新八は何時も気にしていた。折角一緒の時を過ごしているのに、独りきりで居るつもりの二人に向かって、何度叱咤しそうになった事だろう。

 僕が、居るだろう。僕が、何時でもいるだろう。僕が、何時でも傍に居るだろう。僕が、銀さんの、神楽ちゃんの、家族なんだぞ! 僕らはもう、家族なんだぞ!!

 そう思いながらも、言葉に出来ないでいた。新八が何時でも離れずに傍に居続ける事を、未だに信じきれないでいる二人にそう言っても、新八の言葉は、表面を上滑りするだけで、心の奥底にはきっと届かない。二人の孤独は、それだけ深いものなのだ。

 ならば、態度で、姿勢で、身体全身余さず使って、それを示し続ければいいのだ。二人が、信用出来るようになるまでずっと。

 そうして、新八は二人の傍に居続けた。

 その結果が、今、万事屋の扉の向こうにある。

 自分がそうしたくて、二人の傍に居続けたのだが、それがこうやって実を結び、そうして己の中に還って来る喜び。

 これが、傍に居ると言う事か…

 

 新八は、万事屋の扉の前で、そっと頬笑んだ。

 

 

 

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既刊『傍に居るという事・改』より、万事屋・銀新部分を抜粋