ハロー・ハロウィン 〜その時あの人は〜

 

 

 あるコンビニのアルバイト店員である宮田一郎には此処最近、どうにも納得出来ない物がある。

 それは十月に入ってから置かれるようになった、季節限定の商品だった。

 そう言った流行り物に関して敏感なコンビニに置いてあるのは、至極当たり前の事だった。その点に関しては別に宮田にも何の異論も無い。

 問題はその商品の『パッケージ』にあった……………

 

 今日は朝からしとしとと秋雨が降り続いていた。今現在は昼の忙しい時間も過ぎた午後2時。後もう少し立てば又、学校帰りの学生達で賑わしくなるだろう店内の床を、今の内に掃除してしまおうと、宮田は黙々とモップを動かしていた。

 その様子はまるで、この床の汚れが親の仇のようだったが、別に宮田は機嫌が悪い訳では無かった。これが常日頃の彼の通常の表情なのだ。

 しかしこんなに真剣な表情で他の店員と喋る訳でも無く床掃除をされると、偶然入って来たお客に逃げられはしないだろうか………そんな宮田の態度にも慣れ切ってしまい疑問にも感じなくなってしまった同僚達は、誰一人として注意する者はいなかった。むしろ此処は宮田氏の為にも注意するべき所だが…

 

 黙々と床を磨き上げる宮田の視界に、ふと、明るいオレンジ色が飛び込んで来た。なるべく見ないように見ないように意識の内から外していたのだが、その商品は大きさにより、下方の商品棚に設置されていた。熱心に床を見つめていれば厭でも目に付いてしまう。

 只でさえ鋭い目付きが、何か鋭いオーラが放たれているかの様に更に鋭くなり、眉間に縦皺が三本刻まれる。

 今まで丁寧に拭いていた床を大雑把にモップを掛けると、宮田はすぐさま別の場所へと掃除の場所を移した。

 さすがに今の宮田の表情は、何かと目を掛けていてくれる此処のコンビニの店長に注意されてしまったからだ。自分ではどうしようもない険しい表情を、原因から離れる事で一刻も早く解れるよう、宮田なりの精一杯の努力の現れだった。例え根本的には何も解決にいたってはいなくとも…

(ちくしょう…納得いかねぇ………)

「あの、宮田さ〜ん?」

「……………………」

「宮田君、お米の棚卸しをお願いしたいんだけど?」

「………………………………」

「宮田さんっ」

「………………………………………………」

「(駄目だ、まるっきし聞いてねぇ………)」

「(今日はいつもより潜り込み方が激しいですね〜…)」

 宮田はその後自分の名前が呼ばれても気が付かない程、より一層床掃除に夢中になっていた。

 

**********

 

 宮田はある決心をしていた。その為に今日は午後からのシフト予定だったが無理言って、午前から入らせてもらっていた。

 今日11月1日、ある商品を店から撤去させる作業があった。他の店員がその仕事をやってしまう前に、宮田はどうしてもそれを自分の手でやりたかったのだ。

「商品棚の入れ替え陳列に行って来ます…」

「おっ?そうかい?それじゃあ頼むよ。何時も悪いねぇ」 

 品物の入れ替えは結構面倒な作業で店員達は皆敬遠していたが、普段から面倒な仕事も力がいる仕事も黙々とこなす宮田に対し、何時もと変わらない行動に見えることから、その台詞を誰一人不審に思う人物は居らず、やすやすとその作業をする事に決まった。

 今、目の前には宮田に1ヵ月間納得の行かない思いをさせていた商品があった。

 

 蛍光色のオレンジ色。日本ではあまり見かけないフォルム。黒く丸い瞳に不揃いの歯が生えた黒い口は精一杯微笑みを浮かべていた。わざと梨地に仕上げてあるざらざらとしたプラスチックの手触り。

 

 それは子供向けに販売されたプラスチックのジャック オア ランタンのお菓子の詰め合わせだった。

 宮田は別に甘い物にもハロウィンにも興味は無かった。だが、ジャック オア ランタンのバスケットには、どうしても『ある物』が足りていないと気になって気になって仕方が無かったのだ。

 宮田はおもむろにコンビニのエプロンの胸ポケットから黒の油性マジックを取り出し、そのキャップを口に銜えて開けた。

 

 キュキュ・キュ〜キュッ…キュキュ。

 

 宮田は己のした行動の結果を見、珍しい事にその顔に満足げな薄い笑みを浮かべ頷いた。

(やっぱり、俺の目に間違えは無ぇ)

 一仕事を終えた油性マジックを胸元のポケットに仕舞い、何事も無かったように宮田はその場から無駄に颯爽と立ち去った。

 

**********

 

「み、宮田君?!これ、どう言う事だい?」

 目の前の店長は、普段の穏やかさを捨て、宮田を困惑気味に問いつめていた。

「何がですか?」

「何がですかって………店の商品に君が悪戯書きをするなんて…このバスケットは中身のお菓子を抜いて、又来年売る予定だと言っただろう?これじゃあもう使い物にならないよ」

 そう言って店長がズイッと突き出した手の上には、ジャック オア ランタンが乗せられていた。

 輝かんばかりの笑顔。だが、その表情は先程よりも格段に愛嬌と哀愁を漂わせている。

 太く大きな眉毛。凛々しく吊り上がっているのでは無く、情け無さそうに八の字に垂れ下がっていた。

「いいえ。こっちの方が、これには相応しいです」

「ふ・相応しい?」

「店長、『約束』します。あと1週間これを陳列させておいてください。絶対に売り切れますよ………」

「や・約束?」

 宮田の静かな、それでいて奥底には良く分からない熱意が込み上げている口調に、店長は訳は分からなくとも、頷いていた。むしろ頷くしか選択肢は残されていないような、異様な迫力が宮田からは感じられていた。

「(あ〜宮田君って、本当に訳分かんねえ謎の人だな…)」

「(すっかり自分世界の住人ですよね。見ていて飽きないけど)」

 偶然シフト交代時で居合わせた店員にそう囁かれている等、不幸な店長と宮田は気付く余地は無かった。

 

 結局その後眉付きジャック オア ランタンはと言うと、宮田の宣言通り嘘のように飛ぶように売れ、1週間と言わず売り切れた。

 その結果に店長は狐に摘まれた顔をし、宮田は心の中で小さくガッツポーズをしながらも、『あいつ』の分身とも言えるようなジャック オア ランタンが人手に渡って行くのを非常に複雑な心境で見送った。

 

 主に眉付きジャック オア ランタンの購入者が誰とは明言しないが、子供では無く大人に馬鹿売れだった事を明記しておこう…………

 

 

 

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