ねえ、知ってました?

僕がどんなに貴方が生まれた日を感謝しているか。

知ってましたか?

僕がどんなにその日を愛しているか。

知ってますか?

僕がどんなに貴方を………

 

THE STAR FESTIVAL

 

『……〜市内は、今日から七夕祭りです。商店街には色とりどりの短冊が飾られ、子供達の無邪気な歓声があちらこちらから、聞こえていました…………』

 

「一歩〜?何ニヤついてやがんだよ」

 太田荘の小汚い一室で、何が面白いのか夕方からやっている全国版のニュースを見ながら、もぐもぐと口を動かしていた小柄な後輩の顔をみて、鷹村は思わず声を掛けていた。

「………え?僕、笑ってました?」

 ゴックンと、口の中のもの呑み込んでからしゃべったので、一歩の返事はワンテンポ遅れていた。

 何だか間延びしたような、それでいて律儀な一歩のペースに、オレ様なら口に物入ってようが何しようが、んな事気にしねーで喋るよな…ああ、こう言う所がすげーこいつらしいな………と、どこかむず痒いような、くすぐったいような気持ちになりながら鷹村はうなずいた。

「えらいニヤニヤしてたぞ。なんだぁ?そんなに自分の作った飯がうめぇかよ?」

 まあこいつに限って、そんな事で笑う訳無いだろうが、その後の反応が面白ぇからよ。なんて考えながらからかうと、予想通り一歩はワタワタとしながら否定する。

「え?い・いえ、そっそんな厚かましい真似しませんよ〜。何時ももっと美味しく出来たらいいのにって思います。すみません鷹村さん。こんな御飯食べさせちゃって…………」

 しゅん、とうなだれて箸の先を自分の唇にくわえて落ち込む一歩。別に落ち込む一歩を見たかった訳では無い鷹村は、こんな事でうじうじしやがって!と、少し苛立った。

「なんだよ、それじゃあお前は不味いと思う料理をオレ様に食わしてた訳か?」

「え・ええ?そ、そんなつもりはけして………」

 僕の出来るかぎりで美味しいと思える料理を作ってます………と、か細い声でボソボソと話す一歩に、鷹村は無意味に偉そうに頷いてこう言った。

「じゃ、旨ぇんじゃねえか!いちいちんなことでうじうじすんな!!」

「え?で、でも………」

「しつこい!オレ様が旨いって言ってンだからそれでいいだろ?!」

「っ!!!ハイッ」

 鷹村の言いたい事を理解した一歩は、頬を紅く染めながら、満面の笑みで頷いた。

 その笑みで照れてソッポ向いた鷹村は、何処か拗ねた声で、先程の質問に戻った。

「で?なんで笑ってたんだよ?」

「あ、はい。ええっとですね?七夕って東北地方より北は、ここより1ヶ月遅いじゃないですか。織姫と彦星が全国の願いを廻って叶えるには、それぐらいの期間が掛かるからって」

 そこで一歩は一旦言葉をきって、どこかくすぐったそうなフワフワした笑みを浮かべて笑った。

 甘味を含んだまろやかな笑い声に、尻の穴がムズムズするような座りの悪い感覚に、鷹村は心の中で溜息を吐く。

(ったく、こいつも大概甘いが、オレ様も………こいつにだけは、一歩だけには信じられねぇくらい甘いよな………)

 認めてやるよ。態度にゃださねえけどよ。

 最後の意地で、そう呟きながら、一歩の話しの続きを促してやる。

「で?それがどうして笑えるんだよ?」

「七夕って、神話じゃないですか?神様にも等しい存在なら、人々の願いなんて一瞬で叶えられそうなものなのに、沢山のお願い事を叶えるのに時間が掛かるなんて考え、妙に人間臭くて、そう思うとなんだか妙に愛おしいなぁって。昔から、この日に願いごとを託していた人達は迷信だって分かっていても、それでもそんな事を思っていたなんて、可愛らしいですよね?」

 そう言って今はもう別のニュースを伝えているTVを、本当に愛おしそうに眺める一歩に、鷹村は愕然としながら見愡れていた。

 鷹村は七夕なんて気にも止めて居なかった。と言うより、人々の浅ましさが垣間見えるこの行事を嫌っていた風もあった。その行事をこの童顔な後輩は可愛らしいだなんて言う。その理由も実に飾り気のない、だからこそ真に迫ったものだ。

 

 可愛いのはお前の方だ!!!

 

 そう叫び出したいのをグッと堪えて、鷹村はあえて心の声とは真逆の台詞を放った。

「でもよぉ、それを言うなら可笑しくねぇか?織姫と彦星ってのは、年に1回会えて気持ちよ〜く乳繰り合って気が大きくなってっから、その隙に願いごとを囁いて叶えてもらおうって寸法なんだろ?」

「ちちっ?!………ま・まあそう言うことになりますかね?」

 鷹村さんは本当に口が悪いんだから〜とブツブツ言う一歩を無視して、言葉を続ける。

「年に1日しか会えねんじゃねぇのか?そんな奴らがどうやって1ヶ月も掛けて願いを聞いて廻るんだよ?」

「あ。」

 一歩はもとから丸い大きな瞳をさらに大きくして驚きの声をあげた。

「だろう?」

「そ・そうですね〜〜〜」

 僕そんな事思いつきもしませんでしたよ。と、どこかまだ呆然とした声で一歩は応えた。そんな一歩の様子に鷹村はホッと安堵する。

 一歩は分からないだろう。何気ない一言で、鷹村の中の心の氷をどんどん融かしていっている事に。余りにも慣れないその感覚に、鷹村がどれだけ慌てているかなんてなおさらに………

 

「凄いですね!鷹村さんは!!」

 本当に凄いと思っているのだろう。キラキラと輝く大きな漆黒の瞳に見つめられて、鷹村は観念したかのように苦笑した。

「お前は、それでもまだ、七夕を愛おしいなんて思っちまってんだろ?」

「え?は、はい、そうですね。確かに矛盾している所はあるかもしれませんけど、人が七夕に向ける気持ちは本当だと思いますから」

 キョトンとしながら、鷹村の言葉に答える一歩の頭を、ワシワシとかき混ぜる。

「お前は、そのままで居ろよ………」

 鷹村の腕の下で、止めて下さい〜などともがいていた一歩は、その声を聞き逃してしまったが、隙間からちらりと覗いた瞳の優しさに、思わず赤面する。

 さっと顔を下に向け、それでも鷹村だけには聞こえる音量で、一歩は囁いた。

「それに、七夕は鷹村さんの誕生日ですから………」

 

 そう思うと、どんな日より愛おしいです。

 

「一歩、お前分かってやってるのか?」

 鷹村は頭を撫でるのをやめ、その身を腕の中に閉じ込めて、一歩の耳もとで艶やかな音を聞かせる。

 ヒクリと、腕のなかで一歩の躯が僅かに強張るのを感じた。

「誘ったのは、お前だからな………」

 美味しそうに色付いた耳たぶを、チュッと態と音を立てて齒んでやる。

「あっあのっ鷹村さ…ご・ご飯が………」

「オレはもう食った」

「…まだ明るいですよ?」

「いやか?」

 何かと言ってはぐらかそうとする一歩に、鷹村は僅かに身を離して正面から瞳を覗き込む。

「いや…じゃないです…けど」

 恥ずかしそうに身じろぐ一歩の躯を深く抱き込み、緊張して堅い躯が柔らかく馴染むまで待ってやる。

(お前に出会ってから、オレ様は随分我慢強くなったんだぜ)

 まあどんなに嫌がっても離すつもりなんか無いから、多少気長になってもお前には関係無いかもしれないがな。

 一歩には見えない角度で、肉食獣の笑みを浮かべる。

 だが、たとえこの笑みを見たとしても、一歩が鷹村から離れる事など無いのだろう。その事を心の中で何時も一番感じているのは、鷹村自身なのだ。

 

 お前はオレ様を凄いと言う。まあオレ様ならそう思われて当然だが………

 

 だけどよ………

 

 オレ様は……オレは、お前をすげぇと、マジで思うぜ。

 

 なあ一歩。

 

 

 

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